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【名馬列伝】ライスシャワー【黒い刺客】

マイセン

関東の刺客、レコードブレイカー、漆黒のステイヤー等さまざまな二つ名があるライスですが、当時一番呼ばれていたのは「黒い刺客」だったと記憶しております。
ブルボンのライバルとして有名なライスシャワーの紹介記事となります。

・生い立ち

1989年3月、栗林運輸会長の栗林英雄が北海道登別市に所有するユートピア牧場に生まれます。
小柄ながら健康で、近隣の牧場から訪れた人々からも体躯のバランスの良さを高く評価され、購買の申し入れもありました。
外見では「身体の硬い馬」という印象がありましたが、担当者によれば騎乗してみると「雲の上に乗っているような気分だった」というほど柔らかかったそうです。
「ライスシャワー」という馬名は結婚式のライスシャワーのように、本馬に触れる全ての人々に幸福が訪れるようにとの意味が込められてます。
飯塚調教師はライスシャワーの印象について「男馬にしては体が小さい。それもあって大物感はなく、もちろんグレードレースでどうの、といったことは少しも考えなかった。ただ小さいけれど、いかにもバランスがいい体型なので、うまくいけば中堅クラスまではいくかな、と思いましたよ」と述べてます。

・ダービーまでの道のり

デビュー戦は勝利したモノの続く2戦目は出遅れが響いて11着。
3戦目はOP戦を勝利しますが、右前脚の骨折が判明し3カ月の休養に入ります。

アニメではライスちゃんがブルボンの後を追うシーンがありますが、現実のライスもここからブルボンの背を追う事になります。
復帰戦は皐月賞トライアルのスプリングステークスです。
1着は大差を付け圧勝でライスは4着でした。
クラッシック1冠目の皐月賞から主戦騎手となる的場騎手に乗り替わります。
しかし結果は8着。
この時点ではブルボンと大きな差があった様に思われます。
次戦のNHK杯も8着。
全く期待されずに日本ダービーを迎えます。

・ブルボンに迫るライスシャワー

ダービーはブルボンの圧勝でしたが、2着には何と16番人気のライスが入着したのです。
血統的にも長距離向きなのですが、今後は距離の長いレースが増える訳でライスに掛かる期待度も一気に高まりました。
その後はセントライト記念で後のJC馬であるレガシーワールドと差の無い2着。
更に京都新聞杯でもブルボンに次いでの2着と実力の片鱗を見せつけます。

・運命の菊花賞

結果はご存じの方も多いかと思いますが、ライスがブルボンの三冠を阻止してレコードタイムで勝利します。
この時の競馬場の様子は、
「拍手もなくて、ブーイングのような雰囲気」
「今までにない、ちょっと何かおかしな雰囲気」

だったそうで、祝福した方は少なかったみたいです。
当時ブルボン大好きっ子の私も残念な気持ちにはなりましたが、レコードで勝った馬をマグレとは言いたくありませんでした。
今後ブルボンとライスがライバル同士になって凌ぎを削ると思っていたので、比較的ポジティブに考えていた私でしたが、ブルボンはこのレースを最後にターフを去ります。

・春の天皇賞

ブルボンの好敵手として活躍を期待されていたライスですが、有馬記念は8着に敗れます。
目黒記念ではマチカネタンホイザの2着に敗れ、正直「ブルボンだったら勝ってただろうになぁ」という考えが脳裏をよぎりました。
しかし日経賞で久々の勝利を挙げると、続く天皇賞ではマックイーンの三連覇を阻みます。

アニメの天皇賞も熱かったのは確かですが、現実の天皇賞もかなり熱かったです。
現役最強と言われていたマックイーンが得意なコースで最高のレースをしたのにも関わらず、それを上回ったのが驚きでした。
前走の日経賞から馬体重が-12kgもあり、私は本命がマックイーンでライスは抑えで一応は勝ってましたが、まさかレコードで勝つとは思ってもみませんでした。
「極限まで削ぎ落した体に鬼が宿る」とはまさにこの事かと。
的場騎手曰く、
「なにか猛獣というか、すごい生命体というか、そばに近づいたときから、火でも吹かれるんじゃないかって、そんな恐ろしいような雰囲気がありましたが、乗ったらもう、馬じゃない別の生き物でしたよ。これで下手に怒らせたら、指や足を食いちぎられるんじゃないかと思ったぐらい」
飯塚調教師は、
「当日馬を見たとき、これは凄い、と思ったよ。走るという気力というか、迫力というか。見た目にはそれまでと特別変わっていないんだが、内から溢れ出るものがすごいんだ。このとき初めて、今日は勝つ、と確信したよ」
と述べてます。

・スランプに陥るライス

マックイーンに勝ったライスは、その後ファンの期待を裏切り続ける結果となります。
ツインターボが勝利したオールカマーでは3着
秋の天皇賞6着→ジャパンカップ14着→有馬記念8着と散々の結果です。
秋のシニア三冠はまぁ相手も強かったので仕方無い部分もありましたが、年が明けてからも不調が続きます。
ビワハヤヒデが勝った京都記念で5着、前年度勝利した日経賞も2着でした。
しかし次走は得意な長距離である天皇賞(春)です。
大きな期待が寄せられましたが、過去に骨折した右前管骨に再び故障が発生し休養を余儀なくされました。
この時点で種牡馬入りも検討されたのですが、長距離競走以外の実績に乏しかった点や、小柄な馬体が敬遠され受け入れ先が見つからず現役続行となりました。
復帰戦となる有馬記念ではナリタブライアン、ヒシアマゾンに次いでの3着に入着し復調の兆しを見せたモノのその後京都記念、日経賞はどちらも1番人気に推されながらも6着という結果に終わりました。

・3000m以上は無敗

ライスシャワー天皇賞(春)1着
4番人気ながらも正直私も勝つとは思っていませんでした。
ライスは完全に燃え尽きたと思ってましたが、思い返せば3000m以上のレースは無敗なのです。
格下と思われる馬にも簡単に負けてしまうライスですが、適性距離が3000m以上だとすれば納得です。
京都記念や日経賞よりも阪神大賞典に出走するべきだったかもしれません。

・現役を続けざるを得なかった

天皇賞後は疲れもあったので休養、または引退して種牡馬に・・・というプランがあったのですが、中距離競走での実績が必須であると結論付けられた事情があり現役続行を余儀なくされました。
また人気投票で1位になった事もあり、宝塚記念への出走が決まりました。
種牡馬入りの話も続行してまして宝塚記念2日後の6月6日には、種牡馬入りへの支援を申し出たJRAの担当者がライスシャワーを見に来る予定となってました。
当日は3番人気に支持され、レースでは後方からとなります。
的場騎手は最初のコーナーを回った時点で様子がおかしいことを感じ取り「今日は勝つどころじゃない、慎重にまわってこようと」考えたそうです。
第3コーナーでライスシャワーは自らスピードを上げますが、直後に前のめりになり、いったん身体を起こした後に転倒。
左第一指関節開放脱臼、粉砕骨折を発症しており、診療所まで運ぶことができず、その場に幔幕が張られた中で安楽死の措置が執られる事となりました。
的場騎手は打撲で済んでいた事から、その最期を看取り、亡骸を馬場から運ぶ馬運車に深く礼をしたまま見送ったシーンが映像に残されてます。

・死後

死から1か月後の7月3日、故郷・ユートピア牧場にお墓が建てられました。
この年のJRA賞において「特別賞」が贈られました。
また京都競馬場の職員たちの発案により、翌1996年9月7日には京都競馬場内にライスシャワーの遺髪が収められた記念碑が建立されます。
他にも育成場であった大東牧場には栗林英雄・育子夫人の手により建立された記念碑や、茨城県の美浦トレーニングセンターにはライスシャワーを管理していた飯塚好次氏の手による記念碑があり、栃木県大田原市のくろばねスプリングスには供養塔が建立されました。
2010年の菊花賞当日に行われた「京都クラウンプレミアム」の競走名は、歴代菊花賞優勝馬を対象としたファン投票の結果「ライスシャワーメモリアル」となり、当日にはライスシャワーへのメッセージが募集され、それらは競走後にユートピア牧場のライスシャワーの墓前に供えられました。
2021年に京都競馬場が行ったアイドルホースオーディションでは最終4位と現役競走馬以外で唯一上位5頭に入ったことでアイドルホース化が決定しました。

ライスちゃんのお目目が青く光る演出の元ネタですが、

JRAのCMからとなっております。
元ネタもこのシリーズの中で屈指のカッコ良さなので、一度はご覧になって頂きたいと存じます。


現役時代の殆どを「微妙な馬」「期待を裏切る馬」「悪役」と評されたましたが、2度目の天皇賞制覇で世論が大きく変わりました。
ヒールからヒーローに代わったすぐ後の悲劇。
多くの競馬ファンが嘆き悲しみましたが、ウマ娘のおかげで人気が爆上がりしたのは嬉しく思います。
ブルボンのライバルとしてその強さを示してくれたライスシャワー。
元々ブルボン贔屓だった私にとってはウマ娘以前に特別な馬でした。

それにしてもこんなに可愛くなるとは思ってもみませんでしたw
嬉しい誤算です。
これからもライスちゃんを可愛がってイク方針の私です。

主にサポカの方ですが^^;
それでは、良きウマ娘ライフをノシ

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