少女漫画の枠を超えた大河歴史ファンタジー 『天は赤い河のほとり』
毎週水曜日はechoさんのアニメレビュー回ですが、今回は趣向を変えて漫画のレビューとさせて頂きます。

「男が読んでも面白い少女漫画」と言われると、皆さんは何を想像しますか?
「ちはやふる」や「のだめカンタービレ」のようにアニメ化・実写化された作品や、「夏目友人帳」や「はちみつとクローバー」のように、はじめから幅広い層に親しまれている作品など、色々あると思います。
その中で、私がよく名前を挙げるのがこの2作品です。
・『11人いる!』(萩尾望都)
・『ぼくの地球を守って』(日渡早紀)
どちらも恋愛要素はありますが、それ以上にサスペンス性が強く、緻密な伏線が張り巡らされていて、ストーリー構成が非常に見事な作品です。
私はこの2作は、少女漫画という枠を超えて、漫画の歴史上でも抜きんでた名作だと思っています。
そして、この2作のレビューを読んでいると、ちょくちょく並び評されて出てくるタイトルがあります。

それが「天は赤い河のほとり」です。
前々から気になっていたタイトルだったのですが、つい先日、TSUTAYAの漫画レンタルの棚で発見し、ついに全巻読む機会を得ました。
実際に読んでみたのですが……
これが本当に面白い作品でした。
「天は赤い河のほとり」は、1995年に『少女コミック』誌上で連載が開始された、篠原千絵先生の作品です。
単行本は全28巻、文庫版は全16巻。
累計発行部数は2000万部を記録しています。

主人公は、中学生の鈴木夕梨(ユーリ)。
高校にも合格し、彼氏もできて、順風満帆な日々を送っていました。
しかしある日、水に吸い込まれるような感覚に襲われます。
それは気のせいなどではなく、ユーリは水にとらわれ、古代オリエントの世界へとタイムスリップしてしまいます。
ユーリを呼び出したのは、ヒッタイト帝国の皇妃ナキアでした。
彼女はユーリを生贄にし、第三皇子カイルを亡き者にしようと企んでいたのです。

しかし、たまたま逃げ出した先でユーリを助けたのは、その当の王子カイルでした。
カイルに見染められ、跡継ぎをめぐる権力争いに巻き込まれていくユーリ。
ユーリの血を利用し、呪いで命を奪って我が子を皇太子に据えようとするナキア。
そして、ユーリに協力する中で、次第に彼女に強く惹かれていくカイル。
ヒッタイト帝国の権力争いは、やがてオリエントの国々を巻き込み、戦乱の時代へと突入していきます。
■面白いところその1
ユーリ(主人公)がおもしれー女
現代から古代オリエントへ召喚された、
中学を卒業したばかりのどこにでもいる女の子――
……のはずが、この子、とんでもなくおもしれー女なんです。
普通の転移ものなら「現代価値観で騒動を起こすタイプ」を想像しますが、ユーリの面白さはまったく別方向。
異様に勘が鋭くて、状況判断がキレッキレ。
皇妃ナキアの罠を読み切って出し抜く。
戦場を疾走してヒッタイト軍を救う。
混乱の渦中でも最短の行動を選ぶ。

「現代人だから」ではなく、ユーリという人格そのものが強いところが魅力なんですよね。
さらに驚くのが、身体能力まで異常に高いこと。
手がつけられない暴れ馬を乗りこなす。
闘技場でトラと互角以上に渡り合う。
そこらの兵士5〜6人なら余裕でなぎ倒す。
もちろんこれは努力の結晶で、最初から超人だったわけではありません。
だけど異世界に来て、生きるために必死でもがき、その中で「強くなっていく」。
【キングダム】の信のような成長曲線を、少女漫画のヒロインがやってるんですよ。
見た目は「やせっぽちでパッとしない」という設定なのに、周囲の男たちは次々とユーリに惹かれていきます。
ヒッタイトの王子カイル
ミタンニの黒王子
エジプトのラムサス1世
カイルの弟や部下の屈強な戦士たち などなど……
「恋愛に振り回される女の子」ではなく、恋愛の方から勝手に寄ってくる女。
しかし彼女は誰に言い寄られようと、ブレずにカイル一筋。
この「芯の強さ」が物語を支える柱になっていて、ユーリが恋愛に流されないからこそ、政治劇も戦記も一本の線として通るんです。
こういうヒロイン、少女漫画でも滅多にいません。
そりゃあ読者から「おもしれー女」と言われるわけです。
■面白いところその2
敵キャラも面白い
この作品の魅力は、主人公や味方だけではありません。
敵キャラがとにかく濃い。

なかでも群を抜いて存在感を放つのが、ヒッタイト帝国の皇妃――ナキア。
彼女は「水を操る能力」を武器に、王子カイルとユーリを徹底的に狙ってきます。
ユーリの従者を操って暗殺を企てる。
隣国をそそのかしてヒッタイトを揺さぶる。
宮廷内部で偽情報を流して混乱を起こす。
とにかくやり口が多彩で、狡猾で、人間心理の弱点を突くのが実に巧い。
「自分の子どもを皇太子にする」という目的のためであれば、どんな手段もいとわない。
冷酷で執念深く、敵に回すと本当に厄介な女です。
本来、この手のキャラは途中で退場することも多いものですが……
ナキアはしぶとすぎるw
追い詰めても追い詰めても、まるで不死鳥のように甦り、カイルが国王になった後ですら、ラスボスとして立ちはだかり続けます。
しかし彼女が「ただの悪役」で終わらない理由は、バックボーンの濃さにあります。
他国から嫁いだ異国妃。
宮廷で決して恵まれた立場ではなかった。
それでも政治力と野心で上り詰め、さらに「水」という異能力も使いこなす。
言ってしまえばナキアもまた、古代オリエントを生き抜くために必死だった一人の「おもしれー女」なんですよね。
キャラとしては最低最悪なのに、そこに「理屈」と「背景」があるから、読者として感服してしまう。
■他国のライバルたちも強烈
ナキアだけでなく、周辺国のライバルたちも魅力的です。

特に印象的なのが、当時最大の強国・エジプトの若き将軍、ラムサス1世。
国内はヒッタイト以上に複雑で、政治も軍事も緊張状態。
そんな中で頭角を現し、ついには王へ上り詰めるほどの実力者。
そして彼もまた――
ユーリを手に入れるためなら、国レベルで動く男。
カイルの最大の恋のライバル。
帝国同士の緊張を利用してくる。
国益と個人の恋心が葛藤しつつも、行動はしなやか。
こういう「別ルートなら主人公になっていた男」が出てくるのが、『天は赤い河のほとり』の厚みなんですよね。
ヒッタイト、ミタンニ、エジプト……
どの国の男たちも個性的で魅力があり、カイルという絶対的ヒーローに対して、
「あ、こいつならユーリを任せてもいいかも」
と思わせる説得力を持っています。
少女漫画でここまで各国の政治・文化・キャラ立てを丁寧に作るのは珍しい。
敵キャラ含めて「世界そのものが生きている」のが、この作品の強さです。
■面白いところその3
歴史とリンクする展開と、何が起きるかわからない緊張感
『天は赤い河のほとり』のクライマックスは、ヒッタイト帝国とエジプトの全面衝突へと収束していきます。
この戦争は単なる物語上の大決戦ではなく、史実として実際に起きた戦争を下敷きにしています。
モデルとなっているのは、ヒッタイトとエジプトが激突した「カデシュの戦い」。
これは世界史上、戦闘の経過や戦術、軍の編成が比較的詳しく記録に残っている、最古級の戦争として知られています。
さらに、この戦争の後に結ばれた和平条約は、現存する最古の国際条約のひとつでもあります。

つまり本作のクライマックスは、
「歴史の中でも特別な意味を持つ戦争」へと向かって進んでいく物語でもあるのです。
だからこそ、この作品はファンタジーでありながら、
「どうせ最後はご都合主義で何とかなる」という安心感がありません。
ヒッタイトとエジプトが衝突すること自体は、歴史によってすでに定められている。
読者はその「確定した未来」を知ったまま、
「その中でユーリやカイルはどう生き、何を選ぶのか」を見届けることになります。
さらに本作では、重要キャラクターであってもあっけなく退場していきます。
死は過剰にドラマチックに描かれることもなく、人はある日突然、戦争や陰謀の中で消えていく。
それでも歴史と国家は止まらず、世界は淡々と前に進んでいく――
この冷酷さが、物語に強烈な緊張感を与えています。
誰が生き残り、誰が歴史の裏側で消えていくのか分からない。
次のページで何が起きても不思議ではない。
この「守られていない世界観」と、実在の歴史に裏打ちされた大局観が合わさることで、
『天は赤い河のほとり』は恋愛漫画の枠を超え、歴史ドラマとしても、戦記物としても成立する作品になっているのです。
【まとめ】
『天は赤い河のほとり』を読んでみて、いまなお多くの読者に愛され続けている理由がよく分かりました。
少女漫画という枠に収まらず、物語構成、キャラクター造形、歴史とのリンク、そのどれを取っても抜きんでた完成度を誇る名作です。
今後、私が「男が読んでも面白い少女漫画」を挙げるときには、
『11人いる!』『ぼくの地球を守って』と並べて、この作品の名前を出していきたいと思います。
ぜひ一度、手に取って読んでみてください。
少女漫画という先入観を忘れるほど、濃密で読み応えのある一作です。
それでは、良き漫画ライフをノシ