東野圭吾作品で一番好きな小説、白夜行について
毎週水曜日はechoさんによるアニメレビューのお時間ですが、今回は特別編として小説の記事とさせて頂きました。

先日、大ベストセラー作家の東野圭吾さんが亡くなりました。
数多くのヒット作を生み出し、その作品の多くが映画やドラマとして映像化されてきた、まさに日本を代表するヒットメーカーです。

『クスノキの番人 』が映画としてアニメ化しましたので、今後はアニメ作品も増えていくのかもしれません。
東野作品は、ミステリーとしての驚きのある展開や巧みなストーリー構成はもちろん、心理描写の巧さやキャラクター造形の深さも兼ね備えています。
単なる謎解きにとどまらず、人間の心や人生そのものを描く読み物としても非常に面白い。
そんな希有なストーリーテラーだったと思います。

代表作を挙げれば、映画も大ヒットした『容疑者Xの献身』や『ナミヤ雑貨店の奇蹟』など、名作は数え切れません。

そんな東野圭吾作品の中から「一作だけ好きな小説を挙げろ」と言われたなら、私は迷わず『白夜行』を挙げます。
『白夜行』は世紀末の1999年、バブル崩壊によって日本社会に暗い影が落ちていた時代に刊行されました。

それまでの東野作品には、大阪出身の作家らしい明るさや軽妙さを感じさせる作品も多かったのですが、『白夜行』はそれまでのイメージを払拭する、非常に陰鬱で重厚な小説です。
大阪のとある町で生まれた質屋の息子・桐原亮司と、母子家庭で育ち、その美貌で世間を渡っていく唐沢雪穂。
この二人の少年少女の半生を描いた、長大な物語です。

この小説の面白さは、何といっても亮司と雪穂の周囲にいる人々の視点から物語が描かれる、独特の群像劇にあります。
亮司と雪穂自身の視点は、最後までほとんど描かれません。
しかし、この二人の周辺では、次々と不可解な事件や犯罪が起こっていく。

読者は、二人の人生を直接見ることができないまま、周囲の人々の証言や行動を通して、その存在を感じ取っていくことになります。
まるで二人の姿を追いかけながらも、決してその本当の姿を見ることができない。
この特殊な構成こそが、『白夜行』という小説を唯一無二のものにしているのです。

『白夜行』はこれまでにドラマと映画の2度、映像化されています。
ただ、この難解な構成を映像化するのはやはり難しかったのか、どちらも亮司と雪穂の視点を中心とした物語が描かれています。
これはこれで良作でしたが、原作小説の面白さをそのまま再現できていたかというと、やはり難しかったのではないかと思います。

原作の魅力は、確実に亮司と雪穂の周囲で「何か」が起こっているのに、その正体が分からないまま物語が進んでいくことにあります。
読者は二人を直接追いかけているわけではない。
それなのに、二人の周囲で起こる事件を追っているうちに、いつの間にか二人の人生そのものを追いかけている。
この「何かが起こっているのに、その全貌が見えない」というサスペンスが、物語の面白さをさらに加速させています。
そして面白いのが、亮司と雪穂が歩んでいく人生そのものが、当時の日本の犯罪史をなぞるようになっているところです。

亮司の周辺では、スーパーマリオブラザーズの海賊版作成から、パソコンのパーツショップの経営、銀行口座を利用した送金詐欺まで、その時代ごとの新しい犯罪を思わせる出来事が次々と描かれていきます。
こうした亮司の犯罪遍歴を追っていくと、昭和から平成へと移り変わっていく時代の犯罪史を追いかけているような面白さもあります。
ゲームの海賊版からパソコン、そしてインターネットを利用した詐欺へ。
時代が変わり、新しい技術が登場するたびに、それを利用した新たな犯罪が生まれていく。
亮司の人生を追いかけながら、同時に昭和・平成という時代そのものの変化を感じられるのも、『白夜行』の隠れた魅力の一つだと思います。

一方の雪穂は、親や家族、そして周囲の人間関係を巧みに利用しながら、自分が思い描いた人生を手に入れ、上へ上へとのし上がっていく。
そして彼女の周囲では、なぜか繰り返し性犯罪が起こり、それが邪魔な人物を排除したり、あるいは主要人物に取り入るためのきっかけになったりしていきます。
雪穂が着実に自分の理想とする人生を歩んでいく一方で、その裏側では明らかに何かが起こっている。
しかし、その全貌は最後まで見えてこない。
亮司と雪穂の二人が、どこまで事件に関わっているのか。
そして、二人の間にはいったい何があるのか。

この作品をさらに特異なものにしているのが、亮司と雪穂が同じ場所にいる姿が一度も描かれないことです。
二人が直接会話をする場面もなければ、二人が一緒にいる姿を読者が目にすることもない。
それなのに、二人の人生は確実に絡み合っている。
二人はなぜ、互いに犯罪を犯してまで、これほど深くつながっているのか。
そもそも二人は何をきっかけに知り合い、どのような関係を築いたのか。
その最大の謎を残したまま、物語は終盤へと向かっていきます。

かなり重く、陰鬱で、爽快感とは無縁の作品です。
それでも、読み終えた後に心の奥深くに残り続ける。
私にとって『白夜行』は、そんな特別な一冊です。
他の単行本なら2冊分はあろうかというほどの分厚い本ですが、これが驚くほど読みやすいんです。
一度読み始めるとページをめくる手が止まらず、気がつけばあっという間に読み終えてしまうと思います。
ぜひ一度、『白夜行』という唯一無二の世界観を味わってみてください。
では、良き読書ライフを!
