マイセンのブログ

アニメのレビューとウマ娘の攻略記事がメインです
Twitter→@mysen777

【名馬列伝】マチカネタンホイザ【名脇役】

えい、えい、むん!
実績的には他のウマ娘に劣るマチタンですが、運が悪く無ければGⅠの一つでも獲れたはずなのです。
そんな不運な名脇役の紹介記事となります。

◆良血

父は説明不要の大種牡馬ノーザンテーストで、母系も良血だったマチタンはデビュー前には「ノーザンテースト最後の大物」と呼ばれたほどでした。
馬名は、冠名+ワーグナーの歌劇「タンホイザー」にしたかったのですが、文字数の制限で「タンホイザ」となりました。

◆ジュニア期

1991年9月15日、中京競馬場芝1700m新馬戦でデビューし6馬身差で圧勝します。
次戦のいちょうS(OP)では1番人気に推されるが、勝ったサンエイサンキューから0.4秒差の4着。
3戦目の府中3歳S(OP)を鞍上に岡部幸雄騎手を迎えて優勝し、クラシック有力馬の一角となります。
満を持して初の重賞レース朝日杯3歳Sへと駒を進めるのですが、そこにいたのは

デビュー戦からバグった強さを発揮していたサイボーグがおりました。
マチタンは4着で、ここから善戦ホース路線に乗ってしまう事になります。

◆クラッシック期前半

年明け初戦は共同通信杯4歳S(GⅢ)で4着。
続くスプリングSではブルボンが圧勝する中、マチタンは5着でした。
皐月賞もブルボンの圧勝で、マチタンは7着とデビュー以来初の掲示板外の惨敗となります。
そのままダービーに進みたい処でしたが、獲得賞金の問題でNHK杯(芝2000mのGⅡ)に出走し2着。
何とかギリギリダービーに進み厳しいローテーションで4着に入着します。

◆クラッシック期後半

今にして思うと不思議なのは、秋の初戦がカシオペアS(OP)だった事です。
距離が1800mしか無いマイル戦でマチタンは2着だったのですが、血統と状態の良さを評価され菊花賞では3番人気に推されます。

3番人気とはゆえ、ブルボンの無敗の三冠にしか興味の無い方ばかりで、結果もライスのレコード勝ちの印象が強すぎましたが、あわや2着という処まで迫ったマチタンの走りは本物でした。
これまで微妙な善戦ホースという印象を抱いておりましたが、例年の菊花賞であればマチタンが勝利していたはずです。

◆久々の勝利

年明けは日刊スポーツ賞金杯(GⅢ)に出走し、1番人気ながらも8着と惨敗してしまいますが、

続くダイヤモンドS(GⅢ)、目黒記念(GⅡ)を連勝します。
1年以上ぶりの勝利でしたが、菊花賞に加えこれらの実績を鑑みて「マチタンって生粋のステイヤーなんじゃね?」と思う様になりました。
天皇賞(春)では3番人気に推されますが、

真の最強ステイヤーがそこにいました。
勝ったライスは勿論、その後に入着したマック&パーマーも十分化け物で、そんな中の4着は善戦したといえます。

その後、5月のメイS(OP)を勝利し、夏場の高松宮杯(GⅡ)では4着ながらも秋の富士S(OP)で1着。
ジャパンカップでは15着でしたが、トウカイテイオーが奇跡を起こした有馬記念では4着に入着しました。

◆善戦マン

年明けのGⅡは勝利するモノの、その後はご覧の通りです。
「未完の大器、今度こそ本格化!」とか言われてたのですが・・・
宝塚記念以外は毎回掲示板に乗っており、善戦マンの名をナイスネイチャを争っておりました。

◆不運の連続

ビワハヤヒデとウイニングチケットが秋の天皇賞で故障し引退。
ナリタタイシンは屈腱炎で動けず、トウカイテイオーも引退済みで、同期のライバル・ライスシャワーは骨折治療中。
期せずして、マチタンは海外勢を除いては強敵不在の状態でジャパンカップに挑むチャンスを得ます。
これぞ待ちに待った千載一遇の好機。
しかし返し馬の最中にとんでもない事が起きてしまいます。

なんと鼻血で競走除外
「なんて持っていない馬なんだ」と言われる程の運の無さっぷりを発揮したマチタンに更なる不幸が訪れます。
気を取り直して年末の有馬記念に向けて体調を整えていくのですが・・・
蕁麻疹発症で出走取消
2戦連続で病気での出走回避。
こうしてマチタンの94年はなんとも悲しい終りを迎えます。
この蕁麻疹の原因は諸説ありますが「飼い葉に紛れ込んだ蜘蛛を食べてしまったため」という説が有力視されてます。

◆更なる不幸

年が明けてマチタンはフレグモーネを発症し、長期休養となります。
フレグモーネとは傷口などから皮膚に雑菌が入り込んで化膿してしまう病気で、結局新年から春競馬を棒にふる羽目になります。
春を全休したマチタンは、7月の高松宮杯に出走します。
同じく春全休から戦線復帰のヒシアマゾンが1番人気でしたが、レースでは何故かスタートから逃げはじめ、折り合いを欠いて5着。
そんな中、ひっそり馬場の中央を通って抜け出したマチタンが優勝します。

GⅠに届かなかった未完の大器がスーパーGⅡと言われた高松宮杯を制したわけで、実に1年半ぶりとなるマチタンの勝利を多くのファンが祝福しました。
翌年からはGⅠ「高松宮記念」となったため、マチタンがこのレース最後の勝ち馬となりました。

ちなみに前年の勝ち馬はナイスネイチャで、2年つづけて善戦ホースが報われたレースとなりました。
いよいよ大器が・・・と期待されましたが、これが最後の輝きとなりました。

この後の4戦はご覧の通りです。
最後のレースとなったステイヤーズSでは距離的にイケるかと思われましたが、トップハンデの58.5kgが響いたと思います。

◆引退後

ノーザンテーストの末期の産駒として活躍したマチタンでしたが、この時はサンデーサイレンスやブライアンズタイムなどに流行が移っており、マチタンは種付けの機会に恵まれず種牡馬としては活躍馬を輩出する事が出来ませんでした。
2004年からは種付け頭数がゼロとなり、待兼牧場で2010年まで過ごして種牡馬を引退します。

同年、マチカネフクキタルと同じ山梨の小須田牧場に移り、功労馬として繋養され、皆に愛されながら穏やかな時を過ごしました。

同期のライス同様生粋のステイヤーに見えましたが、病気による出走除外や休養を余儀なくされる事が多く、ローテーションに大きな狂いが出てしまいました。
適性距離で無いレースを走る事も多かったし、そもそもローテーション自体がきつかったのでは?という声もあります。
「病気のデパート」という不名誉なあだ名が付けられた一方で、GⅠレースで3着が最高記録だったこの馬は、ウマ娘とは関係無く多くのファンに愛されてました。
それにしてもまさかウマ娘として蘇るとは夢にも思わず、この世代で競馬にハマった私からすると嬉しい以外の感情が湧きません。
有難うCygames、有難うマチカネタンホイザ。
それでは、良きウマ娘ライフをノシ

にほんブログ村 ゲームブログ スマホ・携帯アプリゲームへ
にほんブログ村

×

非ログインユーザーとして返信する